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新しい学習指導要領による高校「国語」の科目再編が話題になっている。注目されるのは、選択科目に「論理国語」「文学国語」が新設され、その結果、文学に触れる機会が減るのではないかという点だ。そもそも、「国語」はどうあるべきなのか? この機会に考えてみたい。 (『中央公論』2019年12月号特集の電子化)

(目次より) ●詩 「私語」谷川俊太郎

●対談 自分を豊かにするために、若者は言葉をどう学ぶべきか 「広義の文学」の可能性を求めて ロバート キャンベル×紅野謙介

●「論理国語」という問題 伊藤氏貴

●エッセイ《こくご・国語・コクゴ》 「フランスの国語教育」辻仁成 「僕はこうして日本語を覚えた」片岡義男 「期待はしない、今も昔も将来も」黒田龍之助 「日本語を外側から見つめて」金田一秀穂

●対談 めざすは世界標準の母語教育 スポーツ界や一流企業が「言語技術」に飛びつく理由 田嶋幸三×三森ゆりか